考え方

「なんで勉強しなきゃいけないの?」と言われたときに

こんにちは、アラレです。

 

私は、こどもの頃なんで勉強しなきゃいけないのかすっごく疑問に思っていました。

だから小学校の頃の成績はめちゃめちゃ悪くて、まあそれでもいいやって思ってたんです。

でも、中学校の先生に言われた一言で「なぜ、勉強するのか?」がはっきりしたのでその話をしたいと思います。

 

この記事は

  • 勉強する目的を失ってしまった人
  • なんで勉強しなきゃなんないの?と子供から言われてしまった親

に向けて書いています。

 

勉強する意味

それはズバリ、「将来、自分がどれだけ努力できるかを他人に示す指標を得る」ことです。

なので、勉強ってただの手段ということ

だから、勉強じゃなくても他人に「君、努力してるね」って言われるほど結果を残せることだったらなんでもいいんです。

野球でも、サッカーでも、囲碁でも将棋でも…なんでも

 

ただ勉強が一番才能による偏りがないと判断されているから、今の社会では「勉強ができること=学歴」が大企業に入る指標にされているんですよね。

大企業に入るって目的だけじゃなくって、起業する時にでも学歴を書くことが多いです。それを見て、安心する人も多いからです。

 

例えば、すっごく頑張っても甲子園に出れる人・出れない人いますよね

でも、勉強はある程度頑張ればそこそこの大学には入れちゃいます。

(ちょっとここでは家庭の事情とかは考慮していないのでいろんな事情で難しい人もいるだろうけど…)

やりたいことがある人は、それを頑張るでもいい

勉強しなきゃなんない なんてことはないんです。

上に挙げた通り、スポーツでも芸術でも、なんならゲームでもいいです。

他人に認められるほど突き詰めることが出来るなら、勉強なんてできなくったっていい。

 

ただ、それって勉強そこそこ頑張るより厳しい道だし、それがこけた時の保険がきかない。

 

ゲームめっちゃ頑張って、でも成果が出なかったときって、やっぱ今の社会だと「君何してたの?」ってなっちゃうんです。

 

でも、勉強だと第一志望に入れなくても「そこそこの大学に行ってるね。ちゃんとしてる人なんだね」ってなるんです。理不尽ですが

すべては自分のため

勉強するのって、先生のためでも、親のためでもないんです

将来自分で稼いで食べていくために最低限身に着けておいた方がいいスキルなんですよね。

それは、実際に勉強ができるかどうかということではなく、学歴という努力の証明が必要ということ

将来自分で食べていくために、スポーツ極めるより、ゲーム極めるより、芸術極めるより、一番簡単で確実な方法が勉強ということです。

 

私も、今0歳の息子が大きくなって「勉強したくなーい」って言いだしたときはこういうことを教えてあげたいなと思います。

 

今日はここまで

 

アラレでした