考え方

愚痴って悪いものなのか、考えてみた

こんにちは。アラレです。

 

占い師とか、スーパーポジティブな人で「愚痴を言うと幸せが逃げる」とか「愚痴を言う人は悪!」みたいなことを言う人いますよね。

私も言霊ってあると思うし、確かに愚痴ばかり言う人はあまり好きではありません。

愚痴ばかり言う人からは幸せが逃げるとも思います。

 

でも、愚痴に対して潔癖なのもなんか違うな。と思うんです。

 

「絶対に愚痴を言わない」と決めちゃうと心の中に黒い物が溜まって行ってしまうんですよね。

吐き出す場所がないからどんどんため込んでしまって、どうやって吐き出せばいいのか分からなくなる。

オモテではニコニコしながら、心の中ではいやな感情が渦巻いている…

しかも、せっかくネガティブなことを言わないように努力しているのに周囲からは「八方美人だ」とか「何考えてるか分からない」などと言われ、距離を置かれる。

 

これって

踏んだり蹴ったりじゃないですか?

 

 

「だからみんな悪口を言おう!」と言っている訳ではなく、ネガティブな感情とか愚痴とかって程よく出せた方が気楽に生きられるよって言いたいんです。

ずっと愚痴ばかり言ってる人は特有のイヤなオーラみたいなのが出てきて、よくないけど。

 

 

ちょっと考えてみてください。

 

好きな人ができました。

その好きな人が自分にだけ少し弱音を話してくれる。

自分もその人にだけは少し弱音を吐ける。

 

こんな関係から恋愛が発展していったり、仲のいい友達ができたりしません?

 

決してひどい愚痴とかではないけど、なんとなく弱音が吐ける関係から人と人との繋がりが深まっていくような。

本音って弱音だったり、人にはいえない秘密だったりするワケで。

 

あとね。

「絶対に愚痴は許さん!」と思っている人って、ちょっとしたことで大騒ぎするんですよ。

SNSでも、すごい勢いで人を叩いてる人って結構潔癖性で「こうでないといけない」と思ってしまってる人なのかなと思います。

ちょっとでも自分の基準からずれた人を許すことができない。

 

自分の失敗とか、ちょっとした愚痴を吐くことは、自分の感情が怒りに変わっていくのを客観的に見つめることでもあるんですよね。

心の中にため込むと、ふつふつと怒りに変わってしまうことでも、人に話すことで笑い話にすることができる。

 

そうすることで、「こうでなければ」と思っていることも、20%ぐらいは「いろいろあるよね」と思う気持ちも持てるようになる。

 

魅力的な人って、自分だけじゃなくて人のことも「いろいろあるよね」と許してあげられる人なんじゃないかな。

 

だから、愚痴って悪いことばっかりではないんじゃないか。

 

イヤな感情・愚痴も無理にため込まず、程よく出しちゃえ!というおハナシでした。

 

ということで今日はここまで

 

アラレ

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